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リレーコラム うさぎの小箱

第五回 「月見の里学遊館」の稀有な可能性への期待 平井洋(音楽プロデューサー)
 いまや全国の音楽祭やコンサート・プランニング、プロデュースにおいて、欠かせない存在である音楽プロデューサーの平井洋さん。斬新なプログラム・ビルディングのアイディアと共に、クラシック音楽というコンテンツをマーケットに乗せて、多くの人々に広めるためのアイディアを豊富にお持ちです。2010年6月、当館にて開催したシンポジウム『誰もが自己表現できる時代にアーティストに残された役割とは?』にパネリストとしてご参加いただき、クラシック音楽というアートが、市場経済において商品としてどのように位置づけられているのか、また純粋な芸術表現として現代社会でどのように機能してるのかなど、たくさんの事例を交えてお話しくださいました。今回のコラムでは、芸術文化の発信を継続していく難しさとその可能性について、当館の活動に依拠して論じていただきました。
地方の文化施設こそ強烈な吸引力と創造性を
 月見の里学遊館にお邪魔したのは、大岡淳さんと大野左紀子さんとご一緒させていただいたシンポジウムのとき一度だけで、後は公式サイトなどネットで情報を拝見しているだけです。ですから、そんなにドンピシャのことが言えるはずもなくピントもズレているかもしれません。特徴的なワークショップなどは実感がないとちょっとあれこれは言いにくいところです。それでも、やはり遠くからでも目についたのはスコット・ジョプリンのゴスペルオペラや菊地成孔さんを招いての会、といったユニークな企画群でしょうか。これらの会は東京でも簡単には見ることのできないもので、「何とかスケジュールを調整して行ってみたい」と思わせるものでした。やはり袋井の、しかも駅の近くでもない会館としては強烈な吸引力のある創造的なものをやっていただくのが本当は一番いい、とつい思ってしまいます。

 ワーグナーの音楽祭をやっているバイロイトも交通宿泊の条件はほとんど最低ですし、作曲家ベンジャミン・ブリテンがやっていたオールドバラ音楽祭なども、小さなホールすらろくに無い田舎町で、そこにリヒテルもロストロポーヴィッチも「有って無いようなギャラ」で駆けつけてすごい室内楽をやり、後世に残るようなオペラも古い教会を上演の場にして初演されたりしていました。

 ものごとを進めないネガティブな理由付けは予算はじめ10でも100でもすぐに思いつきますが、アートのようなものはどうせ大変なのですから、いっそ交通の便も何もかにも悪いほうが覚悟もしやすいでしょう。実際はもちろんそんな簡単な話で無いわけですが、ともかく月見の里学遊館は東京からでも見えるいくつかの発信が現に行われてきたわけで、絵空事でない将来への希望が持てる数少ない場所のように思えます。
「絵空事」ではない将来への希望が持てる数少ない場所

 大岡淳さんのブログは最近あまり更新されませんが、更新されたら読むようにしています。政治的社会的にも踏み込んだご発言で、やはり芸術監督(現在は舞台芸術アドバイザーというタイトルに変わられたようですね)はそのくらい踏み込んでくれなければ面白く有りません。毒にも薬にもなるのがアートで、「音楽のある街」「文化都市宣言」などという毒にも薬にもならない耳ざわりのいい建前だけではどうにもなりませんから。「あんなヤツやめさせてくれ」と何割から言われるくらいがちょうどいいとすら思います。戸舘さんはじめスタッフの熱心さもすぐに分かります。そうでなければ上記のような上演は議題にも上らないでしょうから。自発的好奇心のあるスタッフでまずは素地ができているようにお見受けします。せっかく素地ができつつあるのですから、今から更にそれを発展させて月見の里学遊館を確固たる存在として、理想的には国際的に、少なくとも国内ではより知られて欲しいものです。

 別に東京のマスコミにでればいいとか、入場者数が何人とか、そういうことだけではなくていいのですが、人は来てなんぼ、知られてなんぼもまた事実でしょう。そのためにはどうしたらいいか。ユニークな内容のものをやる方向になったら、まずはスケジュールや出演者などを早く決めて回転を先にすすめる、と。微調整は当然のこととしても「ものごとは早く決めて変えない」のが制作の基本と思われます。そしてお金はどうせ無いのだから、早くはっきりさせて相手方に言う。言うのが遅くなればなるほど相場に近いものを払わないと言い難くなってきます。お金やらスケジュールをはっきりさせて、あとは存分に中身でモメるなりドンパチやればいいわけです。
果敢な広報戦略とマネージメントでパイオニアを目指す

 そして広報。あっちこっちにチラシをまきにいくわけにもいかないでしょうから、ネットの使い方が勝負でしょうか。そのためにはまずはサイトを見に来てもらわなければいけない。自分たちが宣伝したい時だけ見に来て、といってもそれは無理というもので、普段から手を入れて訪問するに値するものにしておかなくてはなりません。ツイッターやフェイスブックの活用も少なくとも検討は必要でしょう。欧米のみならずインドネシア、フィリピンといったアジア圏でも小規模イベントの集客、それから出演者へのリハーサルスケジュールの連絡さえフェイスブックのみ、というのが随分でてきています。私がお邪魔したインドネシアのジョグジャカルタの現代音楽祭(あんなところでも電子音楽の現代音楽祭は開かれてそれなりに人も来ています)では、「今からやる本番会場はどこここに変わった」というのがフェイスブックで来ました。直前に会場を変えるのはいかにもインドネシアですが。こういうのはもちろん時と場所によりますから、よそのことを真似しても意味有りませんが、流れとしてはこの方向でしょうし、研究には値するでしょう。まあ、要するにせっかくやる気のあるコアメンバーがいて面白そうなアイディアもあるわけですから、実際の制作の弱さで遅れたり崩れたりせずに頑張っていただきたい、ということにつきます。成功失敗の勝負は本番日ではなく、多くはかなり前にもうついてしまっています。本番が近づいても公式サイトの情報が遅れているようでは、もうその時点で失敗です。結果オーライと思いたくてもどこかに無理が隠れています。

 今回の震災で、公的予算とかスポンサーとか、回ってくるお金は益々減ってくるでしょう。ただでさえ1000兆円にもなろうという公的赤字があったわけですし。ですからそういう方向はあまり期待できないわけで、少ない収支予算で赤字にはせず内容を膨らませるには出演者にとっても「持ち出してでもやりたい」という創造型のものを作っていくのが意外に一つの手かもしれません。通常は音楽で言えば、ポピュラーな曲をテレビとかにも出て知られている演奏者でともかくチケットが売れるように、という方向に行きますけど。

 無い物ねだりをしたり肩肘張ってもしょうがありませんが、結果として他館のモデルになる、あるいは変わり過ぎていてモデルにはならない、くらいのことを月見の里学遊館には期待しています。

鈴木 滉二郎(文化政策研究者)
プロフィール
平井洋
(ひらい・よう)
音楽プロデューサー
1953年静岡県沼津市生まれ。
浜松北高校を経て東京理科大学で物理学を学ぶ(クラシック音楽業界には理科系が多い)。仙台クラシックフェスティヴァル、札幌PMF、北九州市響ホール、ニューヨークBang on a Can、カナダサウンドストリームなどの音楽祭、芸術週間などのプロデュースや企画提供を行っている。ラジオ、雑誌新聞などメディアでの活動も。インターネット上での音楽情報サイトMusicScene.jp
http://musicscene.jp/musicscene/ の編集責任者、ブログは
http://yohirai.asablo.jp/blog/
第八回 港大尋氏(作曲家/ピアニスト/月見の里学遊館レジデンスアーティスト2011)
第七回 戸舘正史(月見の里学遊館企画スタッフ/アートマネージャー)
第六回 戸舘正史(月見の里学遊館企画スタッフ/アートマネージャー)
第五回 平井洋氏
第四回 山森達也氏
第三回 鈴木滉二郎氏
第二回 倉田布美江氏
第一回 大岡淳氏インタビュー