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リレーコラム うさぎの小箱

第四回 「創造都市」への挑戦から、自発的なコミュニティの創出へ 山森 達也(元浜松創造都市協議会事務局長)
 浜松創造都市協議会の立ち上げから2年間、事務局長を務めてきた山森達也さんは、行政サイドおよび地域の政財界の意向を調整しながら、浜松という都市を「創造都市」とすべく多角的な見地から尽力されてきました。しかし、経済的価値の創出と地域における潜在的価値の発掘という視点から、アート/文化の創造性を根拠とした都市の活性化を試みることには、非常な困難があったようです。「創造都市」概念から昨今のアートプロジェクト事情、そして昨年12月に当館が主催した「どまんなかセンター」のプロジェクトに至るまで、幅広く論じていただきました。
日本における「創造都市」創出の困難
 浜松創造都市協議会というところで2年ほど働いていましたが、「それはどういう団体なんですか?」と聞かれることが多く、理解してもらうにはこの「創造都市」とは何なのかというところから説明をしなくてはなりません。しかしこれが非常に骨の折れる作業でした。「創造都市」は概念としてはなんとなく定まったものがあるのですが、その具体例として挙げられる都市は国外の都市で、その都市の成り立ち、そこからその都市のどういう点が「創造都市」なのかというところまで説明すると時間がかかりますし、そのころには聞いてきた相手が飽きてしまっている。そんなことを繰り返していると、はたと気づくわけです。創造都市の概念に当てはまる都市はまだ国内にはないのではないか、日本における都市の成り立ちや文化状況を考えると、創造都市と呼ぶにふさわしい都市は可能なのかどうかと。

 創造都市という概念自体はそれほど新しいものではありません。ただ言葉として広く知れ渡るようになったのはチャールズ・ランドリーの著作「Creative City」が出版された2000年以降です。それ以後、各所で創造都市の議論が起きるわけですが、創造都市を構成する要素の中で「創造的産業」と「創造的環境」、そして「創造的人材」が特に注目されています。それはそれで正しいのですが、創造性のある人、ない人といった分け方がいつの間にかされてしまい、結局、創造的ではないと勝手に自認してしまう人々にとっては関係のない話になってしまっている節が否めません。「創造的産業」を生むには「創造的環境」が必要になるのですが、これに対する一般的なイメージとしてはインフラ整備のいきわたった大都市になるようです。おそらく言葉が先行してイメージさせるものが強いとおもわれますが、当初の創造都市のイメージに近いものはスラムでした。スラムはアウトサイダーにとっては居心地が良く、都市の中にあって賃料が安く、またスラムに住む住民のコミュニティがお互いの創造性を刺激しあう場でした。彼らの中にはアーティストやデザイナー、ベンチャー企業家がいて、彼らの集まる場所としてカフェができてきて、いつのまにかおしゃれな場所になっている、これが創造的な場として注目されるわけです。  

 ただ、日本においてはスラムや同様の地区は生まれにくく、それはなにより西洋の都市の成り立ちと日本の都市の成り立ちが大きく違うことが挙げられます。創造都市は西洋の都市モデルですし、大都市経営を行っていない地方都市においては創造都市となるべき土壌が耕されていませんし、宗教の違いも大きな要素です。日本型の創造都市とは何かという議論がないまま、創造都市を目指したまちづくりを標榜することは都市に住む人々にとって損失が大きく、恩恵を受けるのは「創造的人材」を自認する一部の人々ですし、これは新たな格差社会を生む危険性すらあります。都市に住む全ての人が持つ創造性が都市の資本となること、自分達は十分に創造的人材であると自認すること、これが創造都市に向かう上で重要なことです。
継続性と定着を生むアートの試み

 都市に住む人々が自分達の創造性に気づく場として挙げられるものに、コミュニティアート、アート関連のワークショップ、都市を舞台としたアートイベントなどがあります。これらに対する注目は昨今特に強く、創造都市の取り組みとしても議論されています。

 大分県別府市ではBEPPU PROJECTが中心となった現代芸術フェスティバル「混浴温泉世界」が開かれました。この取り組みが面白いのが、それまでの地方で行われるアートフェスティバルはビエンナーレやトリエンナーレと呼ばれるものに代表される大規模型のアートイベントが多く、都市はその舞台ではあるものの、単発的なものになりがちでした。またプロデューサーやキュレーターの人選によっては、参加アーティストが似たような人たちになってしまい、中身は大差ないものになりがちでした。BEPPU PROJECTの注目すべき点は、その場にふさわしいアートというものに重点を置いたこと、単発的にならず、芸術文化関連の雇用を生み、継続性をもった取り組みであることです。一過性のイベントでは文化は祭りと同様の扱いをされ、終わってしまえば都市に残るものはわずかです。場所が違えば文化が異なり、そこにふさわしいアートも異なります。それが何かという丁寧な議論に基づいて行われたものであれば、人々にとって自分達のアイデンティティとなり、文化に対する誇りが生まれ、よく言われるアートによる癒しや生きがいといった生半可なものではなく、文化は人が生きる上で欠くことのできないものであるという意識が芽生えます。これは人々が、自分自身が持つ創造性に気づくことにつながります。これが産業に繋がることで文化が独立した産業となり、雇用が生まれ、マーケットが生まれてきます。地域社会、都市の産業にしっかりと継続性を持って文化が根付く取り組みとして、今後日本国内の各都市で同様のケースが生まれてくることでしょう。しかし、都市に住む人々の創造性と長い年月で培われた文化に基づくものであれば、画一化した取り組みではなく、それぞれの都市のオリジナリティを持ったまちづくりとなることが出来ます。工場やテナントの誘致を目指したまちづくりにはない、文化に基づくまちづくり=創造都市の強みはそこにあります。
「どまんなかセンター」の可能性

 月見の里学遊館で昨年行われた「どまんなかセンター」も同様のことが言えます。空き家を利用した期間限定のプロジェクトでしたが、参加した市民が積極的に運営を継続した事例というのは珍しいことです。その場における人々との協同、アートがつなぐ力が、一過性のイベントに終わらせることなく、人々の創造性を呼び起こす装置としての「どまんなかセンター」に繋がったのかと思います。フェスティバルや祭りというものは、人々の向かうべきものではなく、日常の生活のハレの場でしかなかったのが、現在では手段と目的が逆転してしまっています。アートイベントもアート自体が目的となり一過性のものになっているものを多く目にします。アートが日常を生きる上での欠くことのない手段であり、それに気づかされる場として「どまんなかセンター」はとても価値のあるものでした。先述のBEPPU PROJECTと異なるのは「どまんなかセンター」の継続的な運営が自発的であるという点が興味深いのですが、今後どのように展開すべきかという戦略的な取り組み、マネジメントが行われるのかが課題となるでしょう。多くの人々に、自分自身の創造性に気づいてもらうことは時間のかかることです。また月見の里学遊館だけではマンパワーも金銭的にも厳しいものがあるかと思います。これには行政、地域産業が「どまんなかセンター」の意義、価値を正しく認識し、長期的なプロジェクトとして位置づけ、創造性のインキュベーションセンターとして機能していくことを願っております。

鈴木 滉二郎(文化政策研究者)
プロフィール
山森達也
元浜松創造都市協議会事務局長
1980年、神奈川県生まれ。
成蹊大学文学部卒。
静岡文化芸術大学大学院文化政策研究科修士課程修了。その後、浜松創造都市協議会の立ち上げに参加し、現在はメディアアート、サブカルチャーの視点から、浜松における新産業創出に向けた取り組みを行っている。
第八回 港大尋氏(作曲家/ピアニスト/月見の里学遊館レジデンスアーティスト2011)
第七回 戸舘正史(月見の里学遊館企画スタッフ/アートマネージャー)
第六回 戸舘正史(月見の里学遊館企画スタッフ/アートマネージャー)
第五回 平井洋氏
第四回 山森達也氏
第三回 鈴木滉二郎氏
第二回 倉田布美江氏
第一回 大岡淳氏インタビュー